―――ザグッ!!


「ラムザ………強く、なったな……」
「ッ………アグリアス、さん…」
「ふふ……………ふ…」


―――ガチャ、と。
甲冑がふたつの音を立てて、それぞれ地に崩れる。



「………空の下なる我が手に、祝福の風の恵みあらん……――ケアルガ…」

清々しい夜に抱かれる、ふたつの影。
流麗な詠唱によって現れた新緑の光が、彼らを深々と包み、激しい訓練の傷と疲れを芯から癒す。

「…すみません………」
「ラムザ。こういう時は謝罪ではなく、礼を述べるべきではないのか?」

大の字になって地面に転がり、夜空を仰ぐ―――ラムザと呼ばれた青年は、小さく苦笑いを浮かべた。

「…そうですね。ありがとうございます、アグリアスさん」
「………いや。当然のことだから、礼など要らない」

自分で言っておいてなんだがな、と美しい女騎士―――アグリアスは、そう付け加えた。
ラムザは困ったような表情を浮かべて、けれど、何も言おうとはしなかった。


優しい風が、イヴァリースの名も無き草原をゆるりと駆けてゆく。
少しばかりリズムの狂ったラムザの呼吸も、やがて元の律動を取り戻した。


「……………」
「………強くなって…僕には……………何が、護れるんだろう…」
「ラムザ?」

風に飛ばされそうな呟きは、休まるアグリアスの耳に届いた。
ラムザはそれを気に留める様子もなく、ただ、拳を強く握り締めた。

「……………………」
「………ラムザ…」

アグリアスには、その呟きが痛い程に理解できた。
それは―――――自分にも、その言葉が当て嵌まるからに他ならない。



ラムザも私も、護りたい者を、この掌で掴めなかった。

………私はまだいい。
オヴェリア様の身の安全を、確かに知り得ているのだから。
そして『ハイラル』という、今やこの国で最も"大きな"存在が、その隣に居るのだから。

だが、ラムザは違う。
彼が相手にしているのは人ではない、悪魔(ルガウィ)なのだ。

果たして妹は、本当に無事であるのか?
命は無事であったとしても、その身体は無事だと言えるのか?


―――それは、考えれば考える程に、闇に囚われかねない思考。


ラムザはそれと、たった一人で闘っている。
その闇が付き纏うから、彼はこうして夜に剣を振るうのだ。

………本当はゆっくりと、眠りに身を預けてほしいと思う。
けれど、私はそれを知っているから、こうしてラムザと剣を交わす。


その太刀筋は鋭くなり。
その身は軽くなり。
その勘は冴えるようになっても。


―――――闇は決して、払拭(はら)われない。



「―――――………ラムザ…」
「はい?」
「!」

呼びかけるつもりはない声を、ラムザは耳聡く拾った。
地に預けていた身体を素早く起こし、驚くアグリアスの顔をにこやかに見る。

「…あれ、呼びませんでした?」
「よ、呼んでないッ!気のせいだろう!?」
「あれー………おかしいな…」

明らかに苦しい誤魔化しの言葉をラムザは素直に受け止め、むぅと唸ってアグリアスに背を向けた。
一人動揺するその時のアグリアスは、おおよそ『聖騎士』という存在とは程遠い、ただの初心(うぶ)な女性でしかなかった。


「……………」
「……………」


そしてまた、何も邪魔しない時がゆるゆると流れる。
それはラムザとアグリアスにとって、休息と呼べる僅かな時間。

「ラムザ」

けれど、この美しい女性は知っていたから。


―――だから、高鳴る鼓動を精一杯押さえ込んで、背中から彼を優しく包んだ。


「あ、アグリアスッ………!?」
「―――――背負っているモノが在りすぎるこの背は、その割に小さいな…」


瞳を閉じ、想う。
………この、まだ大きいとは言えない背中に背負ったモノと、背負わされたモノを。


希望。
憎悪。
生命。
絶望。
圧力。
苦痛。
後悔。


―――人がこの空ならば、彼に、星のように鏤められているそれら。


慟哭することも許されず。
正義を右手に、優しさを左手に握り締めて、その手を赤く黒く染め行く。
これまで築いた屍は数知れず。受けた恨みはそれの比ではなく。
その華奢な身で様々な苦痛を引き摺りながら、それでも己の信念の為に進み行く。


―――剣に命を捧げた騎士として。
―――私はそんなラムザを援助し、この身を捧ぐことは、決して厭わない。


けれど。
けれど、私にも残っている、ほんの僅かな―――――。



「………小さいって言わないでください。気にしてるんですよ?これでも」

背中に触れる存在を意識するようでもなく、ラムザは不満そうに口にした。
―――もっとも、その頬が朱に染まっていると、誰が見ても分かる程だったが。

「酒場では必ずミルクを飲むようにしてるんですけどね」
「……………………ふふ…」

殺したような小さな笑い声が、ラムザの心に小さくない傷を付ける。
ずーんと、まるで暗闇を抱えたかのようなその落ち込みぶりは、逆にアグリアスの心を和らげた。


「―――だがな、ラムザ………おまえは大きいよ」
「………え?」

ガチャガチャと、この雰囲気に不釣合いな音の後で、ラムザはそんな言葉を聞いた。

「身体の大きさなんてものは瑣末だ。おまえは大きいよ、ラムザ」

その言葉と同時に回された、アグリアスの白い腕。
ラムザが何かを言うよりも早く、それはしっかりと、冷たい鎧を嫌がらずに絡み付いた。

「〜〜〜ッ……………」
「………確かに、おまえが護れなかったものもある………だが、おまえに護られたものもあるんだ」
「……………アグリアスさん…」
「…私の命だって、そのひとつだ」


―――アグリアスの脳裏に、過去が過ぎる。

護るべき主を救うことも叶わず。
多くの追手を差し向けられ、ほんの少しだが"諦め"を覚えた時に現れた、彼を。


「…窮地を救う英雄など、信じてはいなかったのだがな………」
「………あの時は…間に合って良かったって、神様に感謝しましたよ」

"でも、オヴェリア様は………"
苦しそうにそう呻く青年を、アグリアスは言葉で制した。

「………それはラムザのせいではない。だから、気に病むな」
「……………すみません…」

ぐ、と。
ラムザの拳が、強く強く締められる。

それは、後悔と自責の、行き場のない具現。


―――寄りかかるアグリアスが、優しく、それに触れる。


「………もう、今日は休もう…」
「……………そう…ですね」
「ラムザ、明日はどうするつもりだ?」
「………朝くらいは、ゆっくりしましょう。みんな疲れていますから」
「………そうだな。そうしよう…」

満足そうにアグリアスは微笑む。
ラムザはそれを見ることは出来なかったが、なんとなく感じていたのか、同じような笑みを浮かべた。



「……………ところで、アグリアスさん。そのままだと、僕、動けないんですけど…」

ふと、ラムザは顔を赤くしながらも、そう口にした。
―――途端、アグリアスは自分のしていることを冷静に理解したらしく、ラムザ以上に真っ赤になる。

「ッす、すまないッ!!その…!」
「あ、いや、別に謝らなくても…」
「ッ〜〜〜………」

本当に無意識での行動だったのか、指摘されたアグリアスの顔は火が出そうなくらいに赤くなった。
余程恥ずかしかったのか、地面と視線を結び、口を横に結んで、なんと正座までする始末。
"………そんなふうにされると逆に恥ずかしいのになぁ"と、ラムザはこっそりと胸の中で呟く。

「えーと………とりあえず、宿に戻りましょう?」
「あ………そ、そうだな…」

ラムザの言葉に頷きつつも、アグリアスは目線を合わせずに立ち上がった。
そして置いてあった腕防具をしっかりと嵌め直し、剣を鞘に戻したかと思うと、一人でさっさと行ってしまった。

「あ、……………ふふ。あははッ…」

置いてけぼりを食ったラムザは、急ぐ背中を見つめて苦笑を浮かべる。

トマトのように赤くなった顔が、とても可愛くて。
それを告げたら、どんな顔をするかな、なんて。


「―――何をしている!ラムザッ、早く来いッ!」

そんなことを考えてるラムザに、いささかムッとしそうな命令が弓矢の如く飛んできた。
"勝手に行っておいてなんだよその言い草は!?"と、ムスタディオあたりはそんなふうに怒るだろう。


―――――だが、ラムザは静かに笑って返すだけだった。


「よッ、と………」


すっかり癒えた身体を、突き立てた剣を支えにして立ち上がらせる。

「……………」

見上げた空は、等しく光を世界に注ぐ。
だけど―――きっと、アルマの下に光は無いのだろう。

「…アグリアス―――……貴女を救ったように、僕は………必ず、助け出す」

地面に深々と刺さった剣を勢いよく引き抜き、鞘に収める。


その姿は―――最早、青年のそれではなく。



そして騎士は、ゆっくりとその場を後にした。


―――――強い誓いを、その胸に深く刻み込んで。





END.



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やはりあとがきを置いた方がいいかな、と思ったので、あとがき。

FFT処女作です。
同時に、苦手だった『三人称』を練習しました。
・・・最初はもう少し長かったんですが、グダグダになったので削除。

そして思いっきりラムザ×アグリアス。
不器用純情一直線ですよヽ(゜∀゜)ノアッヒャッヒャ!!!
あぁ、なんて新鮮なんだろうwww

鶏はラムザ×アグリアスを応援します。


しっかし三人称って難しいな・・・精進します。