"………なによ、これ…"
"天使さんへの贈り物。今日は、バレンタインデーだから"

言って、笑顔で差し出したのは、血のように赤い包み。





『少女、黒羽、哀赤』





"本当は好きな男の子にあげるものなんだけどね"

少女の髪が風に揺れる。
どれだけ強い風が吹いても、裸の木々は葉擦れの音さえ鳴らせない。

"でも。わたしは、あなたにあげるの"

少女は赤を手渡すべく、差し出す。
それをつまらなさそうな顔で、黒を纏った、人形のような少女は断った。

"………そんなもの、要らないわぁ"
"えぇー、断らないでよ。せっかくあげるんだから"

銀色の髪が風に流れる。
生ける者の熱を奪わんとする、冷たく猛る風。
それでも、黒を纏う、銀髪の少女は表情ひとつ変えはしない。

"だいたい、男にあげるものをどうして私に渡すのよぉ?"

窓に腰掛ける銀黒色(ぎんこくしょく)が、どこか納得いかない様子で問う。
―――風の音に混じる、微かな笑い声。

"な、何がおかしいのぉ?"
"ふふ………女の子が女の子にあげるのも、別にヘンじゃないんだよ?"

ふっ、と風が鳴り止む。

"この贈り物はね、相手を好きだと想うココロがあればそれでいいの"
"え…?"
"だから本当の本当は、相手が男の子でも女の子でも関係ないの"

少女はにこやかに笑い、紡ぐ。
銀黒色は目を背け、寒空を仰ぎ見る。

"………呆れたおばかさぁん……………"
"え?何か言った?"

ふるふると、否定を表す動作が銀を揺らす。
荒ぶ風が再び吹きつけ銀を流す様は、とても美しく儚く映える。

"それより、これ貰ってよ。きっと美味しいから"
"……………"

突如、白い部屋を割くように黒羽が拡がる。
少女の引き留める声を待たずして、銀黒色は寒空の下に翔んだ。


◇  ◇  ◇


「………………ぅ………?」
ねぼけたアタマが、何故か意識を掴んだ。
暗いのと、肌寒いのと、静かなのが、まだ起きるべき時間じゃないと告げている。
「………寝なおそう……………」
そのまま身体を起こさずに、ひとつ寝返りを打って、目を閉じた。





―――――夢うつつに、誰かが、居た、ような、気が―――――





◇  ◇  ◇


冷空の下、銀の鴉が裸の樹に止まっている。
降雪のように白く、儚く壊れそうなその手には、血のように赤い包み。
鴉は丁寧にその包みをほどいていく。

現れたのは、黒い薔薇。

白い手が、薔薇を折る/風のない夜の下、パキ、という音が微かに響く。
鴉はその欠片を小さな口に運び、大切そうに味を確かめる。

「天使への贈り物…と言うには、少し甘味が足りないわぁ………まったくダメねぇ、あの子はぁ…」

"………でも、たまには悪くないわねぇ"
静寂にすら消されそうなほど弱く呟き、苦い欠片をもうひとつ、口に運ぶ。



そうして描かれた薔薇が散り終わる頃、鴉は天使宛の手紙が同封されていることに気付いた。
水銀燈へ、と書かれた小さな紙を、ほんの少し汚れた手で広げる。


『あなたらしいチョコレートだと思って買ってきてもらったの。おいしかった?
 ………いつまで貴女と居られるか分からない。わたしは壊れちゃった人間だもの。
 でも、わたしは』


―――天使はそこで瞳を閉ざす。
見たくない、と思ったから/けれど彼女の意識は、既にその手紙を読み終えていた。

「………壊れた子同士が寄り添って………ふふふ、あはははは………」


凍れる笑い声を生む天使/その目には、一筋の哀しみ。


高らかに響く謳声(うたごえ)と共に、鴉は壊れた黒羽を拡げる。
後に、哀赤の包みと死望の手紙を遺して。


◇  ◇  ◇


―――あさが、きた。

でもまだ目は開けない。
看護婦さんがなにか言っているけど、聞きたくないから意識しない。
顔も見たくないから、わたしは寝返りを打ってから目を開ける。

「―――――ぁ」

ぼけた視界をはっきりさせるために、ごしごしこする。


それでも、目の前の小さな包みは消えなかった。


「……………」
わたしはもういちど、目を閉じる。
この黒い包みを開けるのは、うるさい声がしなくなってから。

いや―――やっぱり、あの子が来たときに食べよう。
それで目の前で"美味しい。ありがとう"って言ってあげるんだ。
わたしに残ってる時間は少ないんだから、そうやって楽しまないとソンだと思うから。


"水銀燈………わたしの、天使さん……………ありがとう"


誰にも聞こえないように呟いて、わたしは二度寝をするべく、そぉっと目を閉じた。



FIN.


◇  ◇  ◇



※おまけ


「素直に吐かないと………」
「だから、知らねーって言ってるだろ!」
「ミエミエの嘘をつきやがる口はどの口ですかぁ〜?この口ですねぇ〜?」
「ひででででっ!!は、はなふぇっ!!」
「正直に言いなさい、ジュン。私たちが眠っている間に誰と会っていたの?」
「だから知らないって!確かに誰かがいたような気がして、夜中に一回目が覚めたけど―――」
「―――やっとボロを出しやがったですね、このチビ人間!さぁ、覚悟するです!」
「いでぇっ!!こ、このバカ人形、少しは話を聞けぇーっ!」


「………あっ!ねぇねぇ。このまっくろい包みの下に、こんなまっくろい羽がはさまってたのー」