私は、何を望んでいるの?





『Phantasie-048.jpg』





真っ暗な、トコロ。
私はそっと、鏡の前に立つ。

私が、そこに立っている。
背中には、黒い夜に溶けて見えない羽根。

他を傷つけることができる黒。
他を怯ませることができる羽。


でも、と。
疑問が浮かぶ。



―――――アリスゲームを制する為に、この羽根は必要かもしれない。

―――――じゃあ。
     もし私がアリスになったら、この羽根は?



誰かが私を嗤う。
"そんな鴉みたいな羽根、アリスと呼べるのかしら?"

一つの声を起点に、様々な声が私に絡みつく。
執拗に、捕らえて、離さない。


"おまえは所詮、壊れた子"
"だからアリスになんてなれやしない"
"その醜い羽根を背負ったまま、惨めに壊れるの"


―――嫌/がちがち、がち、がち。
―――私は/震えて、鳴る、音。
―――壊れた子じゃない/寒くもないのに、震える音。


ゆ、ら………ぁ。
「ぁ…?」

鏡が波紋を打って、私を掻き消す。
―――そしてそこに映ったのは、私じゃなくて。

「………しん、く…?」

鏡に手を触れてみる/ぺた、と冷たい感触があるばかり。

鏡の映像を茫然と見る―――――流れ出したのは、真紅たちの姿。
真紅、翠星石、雛苺。
そして、そのミーディアム………ジュン、と呼ばれていた冴えない人間。


「……………なによぉ、これ…」


真紅が人間と言葉を交わし、怒らせている。
翠星石が人間と言葉を交わし、互いに罵り合っている。
雛苺が人間と言葉を交わし、鬱陶しがられている。


―――――それなのに。
     この映像は、どこまでも、あたたかい。


真紅も、翠星石も、雛苺も、笑っている。
人間は笑っていないけれど、私には笑っているように見えた。


「―――――嫌」

こんなの見たくない。

アリスになれるのはたった一人だけ―――だから、あんな馴れ合いは、何の意味も、ない。
必要なのは、強い力。
他を傷つけるこの羽根のような、絶対的な力さえあればいい。
だから、私こそがアリスに相応しい。


―――――そう、信じていたのに。


「………こんなの、いやぁ……………いやだよぉ…」

いまだに流れ続ける、鏡の中の幸福。
―――こうして夜に溶けている私よりも、遥かにアリスらしく見える、三体の薔薇人形たち。

せめて、まだ。
面と向かって"壊れた子"と言われたほうがいい。
それなら、違うことを認めさせればいいのだから。
私が優れていることを、ローザミスティカを奪うことで証明できるのだから。

そう、それなら、ダレも私を"壊れた子"とは呼べない。
……………でも、この映像は―――


はしゃぐ雛苺/笑う翠星石/微笑む真紅。


―――――私を"壊れた子"以上に、惨めにさせる。


「………いや…ぁ…もう、やめてぇ………やめて、よぉ……」

…どれだけ願っても、鏡の中の映像は止まらない。
望みもしないのに、一枚一枚、違うページを見せてくる。


―――私が負っているのは、傷つける黒色。
―――あの子たちが負っているのは、幸福の虹色。


「もう、いや………嫌あああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


――――――――――その叫びに、バキン、と、世界が割れた。


◇  ◇  ◇


「―――――ッ!!」
目を開けるという動作から、違う世界に落ちていたことに気付く。
「……………あ、れ…?」
陽の光を頼りに、辺りを見回すと、明らかに違う場所。
けれど、どこか見覚えのある―――――。

「お、気付いたみたいだな」
「ッ!?」

聞き覚えのある声が、椅子に座っている人間のモノだと理解する。
―――あぁ、そういえば。ここは真紅たちのミーディアムの………え?
「………どうして、私、こんな…?」
「…覚えてないのかよ。まぁ僕も詳しい事情なんか知らないけどな」
私を見ることもなく、人間は淡々と説明してくれた。

「姉ちゃんが倒れてるオマエを拾ってきたんだよ」
「………たおれて、た?」
「そう。もう夜…9時は過ぎてたらしいけど。
 それでまぁ、ウチにつれて来てさ。真紅たちも寝てたし、とりあえずここで寝かせてやろうってことで…」

「……………おばかさぁん」
「な、なんだと!?」
「私は真紅たちの敵なのよぉ?それなのに、どうしてそんなマネするのぉ?」
「………自分でも、そう思ったさ」
「じゃあ、どうしてぇ?」
「……………どうだっていいだろ、そんなこと…」
「……………………ふぅん、そう…」

たたんでいた羽根を拡げる。

「行くのか?」
「ええ。今日は真紅たちとゲームをする気分じゃないしぃ………」

「………水銀燈」
「なぁに?」

「……………………なんでもない」
「………そう。
 それじゃあ、次に会うときは…くす………ヤっちゃうかもしれないわねぇ、アナタたち…みぃんな………」


それだけ言い残して、眩しい朝日に眩みつつ、開け放した窓から飛び立った。


◇  ◇  ◇


「―――――ジュン」
「―――し、真紅か。なんだよ?」
「………水銀燈は帰ったみたいね」
「う………やっぱ気付いてたのか」

「………どうしたの?茫然として」
「いや…ちょっと、自分の目を疑ってた」
「え?」
「……………水銀燈の羽根って真っ黒だろ。
 なのに、さっき………ものすごく、綺麗な色に見えてさ………」
「そう………―――馬鹿ね」
「え?」
「水銀燈だって同じ薔薇人形なんだから………虹色の羽根だって、背負えるのよ」
「…真紅?」

「―――……………さぁ、ジュン。すぐに紅茶を淹れて頂戴」
「はぁ!?」
「下僕は素直に従いなさい。ほら、早く」
「ったく………へいへい、お待ちくださいっと」
「返事がなってないわ」
「うるせぇなぁ、もう!」



「……………不幸を見て、初めて幸福だと気付いた私は………とても、愚かね」



FIN.