「………」
「どうしたジュン、珍しく考え込んだような顔しやがって」
「あ、いや。別に大したことじゃないんだけど」
「そうか。だがそういうふうに言われたら気になるのが人間ってもんだろ?」
「………まぁね。じゃあ、ちょっとコレ聴いてみてよ」
「?」


『―――冷めた君の瞳 相変わらず 無機質な宝石みたい――――――♪―――――♪』


「―――へぇ…ジュンがこういう曲を聴くなんて意外だな。で、これがなんだよ?」
「………これさ、なんかすっごい………その、水銀燈っぽい感じがしない?」
「はぁ?水銀燈って、ウチのクラスの?」
「そう。歌詞に出てくる女の人とか、メロディの雰囲気とか。どう思う?」
「……………分からんでもないが、初めて聴いた曲だから歌詞がはっきり掴めなかった。何とも言えん」
「そっか。いやまぁ、そんだけ。考え込んでたワケじゃないんだ」
「ふーん…っと、授業が始まりそうだ」
「ホントだ。じゃあな、ベジータ」

◇  ◇  ◇

下校に沸く騒がしい人の波が静まるのを待ちつつ、ぼーっと夕焼けを眺める。

「ジュン、いったい何の曲が私っぽいのぉ?」
「ッ!!?」
と、いきなり背中にふっかけられたのは、水銀燈の声。
しかもその話題は、彼女に知られているはずのないことについて。
「さっきベジータから教えてもらっちゃったのよぉ。ほらぁ、早く教えてぇ?」
「………あの、ドアホ」
大して興味もなさそうに聞いていたくせに、まさか―――よりにもよって、水銀燈に報告するなんて。
………今頃は蒼星石を追っかけているであろう悪友(バカ)に内心呆れつつ、復讐を誓う。

「……………で、えーと、水銀燈」
「なぁに?」
机の前に立ちわくわくしている水銀燈を、どうやってはぐらかそうか真剣に考える。
たとえば―――――。

「言っておくけどぉ…。教えてくれるまでは帰さないわよぉ?」
「ゔ………」
策を弄するよりも早く、水銀燈は釘を刺す。
その眼はまさに、蛙を睨む蛇のように、怖い。
ヘタに言い逃れをすると、どんな目に遭うか分かったもんじゃない。

『全部、正直に吐けば何も問題ない。というか、それしかない』

………さっきからアタマの隅を小突くその考えを、必死に潰す。
確かにそれは彼女にとって正解であるけれど、僕にとってそれは正解かつ最悪の誤答。

―――――だって、その歌詞が歌詞だから。

聴かれたら水銀燈に幻滅される―――そんな程度じゃすまない。
もし水銀燈が周りに言いふらせば僕は幻滅どころか破滅だし、なにより。

―――――水銀燈自身も、すごく傷付くはずだから。

「………その、ごめん。教えられない」
「どうしてぇ?」
「……………」
卑怯な僕は黙秘権を行使する。
水銀燈が傷付くことを恐れつつも、僕は僕が傷付くことを恐れている。
「………言ってくれるまでは帰さないわよぉ?」
「……………」
それでも、僕は黙りこくる。

高校でようやく手に入れた欠片を、一つ、壊してしまいそうな恐怖に、唇を噛み締めつつ。

「………じゃあ…言ってくれるまでの間、これを借りるわねぇ」
「は?」
何を、と聞く前に、水銀燈は僕のカバンからごちゃごちゃに絡まったウォークマンを引きずり出す。

―――聴かれてはいけない曲が眠っているウォークマンを。

「だ、ダメだ」
「なんでぇ?私にはその曲がなにかまったくわからないんだもの、別にいいでしょぉ?」
「あ………」
言われて、ハッとする。
確かに、水銀燈はその曲を知らないんだから、聴かれたところで問題はないはず。
もしかしたら、アルバムを一通り聴き終えたところで『キリがいいから帰る』なんて言ってくれるかもしれない。
「ただ待つのもつまらないもの。いいかしらぁ?」
「………どうぞ」
許可を出すと、水銀燈はすぐにヘッドホンを耳にあてがった。
カチカチとリモコンを操作する音が、誰もいない教室にはよく聞こえる。

「っきゃぁ!?」
「ぅわ!?」
と、突然、水銀燈が悲鳴を上げた。
ヘッドホンを慌てて外し、痛そうに耳を押さえている。
「どど、どうしたんだよ!?」
「〜〜〜……………この、ばかぁ………なんて音量で聴いてるのよぉ…」
「へ?………あ」
睨む水銀燈の眼差しと、外れたヘッドホンから流れ出る音楽に納得する。

僕がベジータに聴かせた時は放課だったから、周りがすごくうるさかった。
だから大音量で聴かないと喧騒に音楽が負けてしまう。
でも、今はそうじゃない。
周りには誰もいなくてすごく静かだから、耳に突き刺さった音量は相当強烈に違いない。
「ごめん、気が回らなかった」
責める視線に謝りつつ、リモコンで音量を下げていく。
つられて、ベクトルのない音が徐々に収束していく。
「もう、ホンットおばかさんなんだからぁ………」
水銀燈は実に彼女らしい文句を言いつつ、再びヘッドホンを耳にひっかけた。


◇  ◇  ◇


とりとめもないことを考えつつ、外を眺めている。
夕焼けは少し赤味を増して、教室の中は学園モノのドラマちっくな感じがする。

「ジュン、正解みつけちゃったわぁ♪」

―――そこで、僕の意識を覚醒させる発言が飛び出した。

「ッな!?」
彼女が曲を聴き始めて、まだ五分と経っていない。
どうして、と聞く前に、水銀燈はヘッドホンを外してリモコンを僕に見せる。
「これでしょぉ?」
「―――――」


『Lunatic Gate/Janne Da Arc』


「ジュン。あなた、放課にベジータに聞かせてから、ウォークマンいじってなかったでしょぉ?」
「………ぁ」
「だから一目見た瞬間に正解なんてわかってたのよねぇ。
 ―――――それに、私この歌知ってるからぁ………歌詞だってカンペキよぉ?」
「!?」

え、と僕の意識が揺れる/くす、と水銀燈は悪戯に笑う。


『――冷めた君の瞳 相変わらず無機質な宝石みたい いつもの 誰にでも見せる お得意の瞳で――』


そう/綺麗な声で紡がれた旋律は、僕を竦みあがらせるのに十分過ぎるモノだった。
……………何を言えばいいのか、それすらもわからずに、茫然とうなだれる。

「あなたの目に、私はこういうふうに映っていたのねぇ…」
「………ぁ」
水銀燈の声が、こんなにも怖いと思うなんて。
………でもそれは僕が招いたことだから、責める権利は彼女にあり、責められる義務は僕にある。

僕の手から、水銀燈という欠片は喪われる。
他ならぬ、僕が招いたことによって。

「ショックだわぁ。私、こんなにもはしたないように思われていたなんてぇ」
「………ぁ…!」

僕が水銀燈を傷付けた/その事実が、僕にも傷を付ける。

「―――――でもね、嬉しかったよ」
「…え………?」

自分の耳を疑う。だって、その言葉が、ありえないから。
「だってそんなふうに思うってことは、私が不特定多数の人間じゃないっていう証拠だもの」
「………あ…」
言われて、納得する。
どうでもいいような人のことをこんなふうに考えたりすることは、確かにないと思う。
「でもねぇ、ジュン…許してはあげないわよぉ?」
「………え」
「だって傷付いたものぉ。私はこんな、二人の男に揺れたりする女じゃないからぁ…」
「……………あ、うん。ごめん…」
傷付いたと言うわりに楽しそうな水銀燈に、とりあえず謝る。
「謝ったってだめよぉ、許してあげないって言ってるでしょぉ?」
「う…じゃあ、どうすればいい?出来ることなら、やるから」
ここはよくある誠意の表し方に倣う。
すると水銀燈は目を細め、耳元で囁く。


「私がそんな女じゃないってことを、あなたに識ってもらえればいいわ」


―――近すぎる距離と、水銀燈の甘い香りに、くらりと、する。

「え…いやあの、そんなふうに思ってないって」
「………にぶい子ねぇ…」
「…?」
「じゃあねぇ………私はあなたに隠し事をしているの」
「?」
「でねぇ………私を"Lunatic Gate"まで連れて行けるのは、アナタだけ」
「………え」
「私を綺麗に奏でて、"Lunatic Gate"の先にある、私の隠し事を暴いてみせて。そうしたら許してあげる」
「……………あのさ。ちょっと、水銀燈?」
「…………………………なによぉ…」

「………僕で、いいの?そんな大役」
「………おばかさぁん。アナタ以外には、できないわよぉ」


そう呟いて、彼女は僕の唇に、噛み付くようなキスをした。



FIN.