屋上に吹く風は、涙を乾かしてくれる。
だけど、惨めな惨めな僕を、慰めることはしない。

『ジュン、決めてくれッ………!』
『決めて―――!』

みんなの願いと期待が込められたボールを、放った。
それは、なんでもないレイアップ―――外してはいけない、フリーで撃ったシュート。


"―――ガン!"


「ッ………!」
嫌な記憶が、リピートする。
僕がみんなの期待を一身に集めて、そして裏切った瞬間―――――。


「―――――こんなところに居たですか」
「…!」
「もうみんな疲れて帰ったです。そのうち校舎も閉められるちゃうですから、早く帰るですよ」
「………」
背中にかけられる声は、いやに優しい。そこには棘も何もない。
―――だけど、今はそれが勘に触る。
「……………責めないのかよ」
「………責められるハズがないです。ジュンは最後まで頑張ったんです―――」
「―――頑張ったからなんだっていうんだよ!!?」
「ジュ―――」
「僕のせいで負けたんだ!僕のミスで終わっちゃったんだ!!」
「………」
「そりゃ、球技大会なんてチャチかもしれないけど………だけど、僕は……………!」

ギチ、とフェンスを強く握る。
言葉が吐けなくて、苦しい。
裏切った期待の重さに、情けない自分を潰してしまいたくなる。

「―――――………ジュンは、どうしようもねーバカです」

背中にかけられていた声が、隣に聞こえる。
僕はそれを見ない。ただ、赤い空を見ていた。

「………バカってなんだよ」
「バカもバカです。大バカです。どうしようもねーです」
「っ………お前…!」
「―――あの試合でミスをしたのは、ジュンだけだったですか?」
「………違う」

そんなの違うに決まってる。ミスがなければ負けるはずがない。
………僕を始め、みんながいくつかミスをしたのは覚えている。

「じゃあ、どうしてそんなふうに自分を責めるですか?」
「どうしてって…」
「―――笹塚がパスを失敗しなかったら?ベジータがシュートを外さなかったら?
 ………ジュンのミスと違うのは、タイミングだけです。ジュンは最後の最後に失敗しただけなんですから」
「ぁ………」
「バスケはチームプレーです。ひとりの活躍じゃ勝てないですし、ひとりのミスじゃ負けないです。
 だから―――自分のせいだ、なんて落ち込むのはバカげてるです。傲慢です」
「………っ」

飾らない、まっすぐな言葉。
―――それは女の子らしくないガサツな言葉だけど、僕に、響いた。

「………ごめん…そうだよな」
「分かればいいですよ。ほら、帰るです」

金網を軋ませていた手に、翠星石の手が重ねられる。
静かに触れてきたその手は、ボールで汚れた手と比べて、ひどく綺麗。

「…ありがとう、翠星石」
「べ、別に礼なんていらねーです。それより、とっとと帰らないと怒られるです」
「……………」
「………」

なんとなく、帰りたくない。
そう思って黙ったままでいると、ふっと、翠星石の手が離れた。


―――ぎゅー。


「ぅわ!?ちょっ、翠星石!」
「し、静かにしやがれですぅ!べべ…別にいいじゃねーですか!その………こ、恋人…なんです…から」
「―――――………」

あぁ、ちょっと待ってくれ。
背中に抱きついてきてそんなふうに言われたら、僕になにが言えるんだ。

「………バカだって、言ったですけど…」
「ん…?」
「…か、カッコよかったですよ?試合中のジュンも、自分ひとりで背負い込んじゃおうとするジュンも……」
「〜〜〜……………どうも」
「だ…だから、これは、カノジョからのごほーびです………こっち、向いて?」

そう言って、背中の温もりは離れた。
僕はしがみついていた金網から手を離して、翠星石のほうに向く。

そして。
どちらも、それがわかっている/そんな幸せなキスを、ひとつ交わす。

「―――……ふぁ…」
「ふぅ………ご褒美でしかキスできないってのも、なんかサミシイな…」
「っな!?べべ、別にそんな………!」
「だって、今までずっとそうだっただろ?恋人なのに……まぁ、しょうがないけど」

…さて、帰るか。
翠星石を腕に抱いたまま茜空を仰いで、そう呟く。
と―――俺の胸を、強く掴む、綺麗な手。

「―――――………ジュン…家に、ダレかいるですか?」
「家?………たぶん、誰も……いないと思うけど?」
「………じゃあ…その、今から……」
「僕の家に?遊ぶにしても、もう遅いだろ?」
「〜〜〜………いーから、さっさと行くですよっ!!」
「ぉわっ!?なな、なんだよもう………?」


この後のことは、推して知るべし。
ただ―――ふたりにとって"幸せ"だったということだけは、間違いありません。



FIN.